DATE
2025年01月07日
ゴードン・ブラザーズ・ジャパン コーポレート
シニアマネージングディレクター 川村 啓一
私自身がゴードン・ブラザーズに参画し5年が経過したが、改めてわが社の役割りについて考えてみたい。
ゴードン・ブラザーズ・ジャパンのホームページを開いてみると、まず飛び込んでくるのが、「お客様の戦略的パートナーを目指して」というスローガンである。ゴードン・ブラザーズ・グループのホームぺージの”About us(会社概要)“には、”We help companies move forward through change. Since 1903, Gordon Brothers has partnered with operating companies, advisors, investors and lenders to help fuel growth, facilitate strategic consolidation, or finance new opportunities.”とある。ゴードン・ブラザーズは、よく顧客の”partner”であるという言葉を用いる。我々は、クライアントのパートナーであれ、と。
ゴードン・ブラザーズがパートナーであるというのは、どういうことか?国語辞典によれば、パートナーは「共同で仕事をする相手。相棒」とのことだが、顧客とは別主体でありながら利害を同じくするプロフェッショナルということになろうか。ゴードン・ブラザーズは顧客の価値を最大限に引き出すためのパートナーたることが使命なのである。
一方、ビジネスパートナーがサービスを提供する際に、その対象顧客自身が競合先になるケースはないだろうか。自社業務を外部に委託するのか、自社のリソースを活用することでその目的を完遂するのか、という検討がなされることはよくあることで、ゴードン・ブラザーズが提供するサービスにおいても、時折顧客がそうした検討をするケースが見受けられる。顧客となる企業は、ゴードン・ブラザーズに依頼するよりも自社で当該業務を行うという選択することもあるのだ。
換価プロジェクトを例に、委託する顧客とこれを受託するゴードン・ブラザーズとの関係を、プリンシパル・エージェント関係に照らしてみよう。まず、プリンシパル・エージェント関係とは、ある行為主体がその利益・目的を達成するために行う施策を、他の行為主体に委託することをいう。利益・目的を目指す行為主体がプリンシパル、その実施を委託される行為主体がエージェントである。動産(在庫や機械・設備など)を換価したいと考えている顧客はプリンシパルであり、顧客の換価を受託し実行するゴードン・ブラザーズはエージェントと読み取ることができる。プリンシパル・エージェント理論においては、プリンシパルがエージェントの報酬構造をどのようにデザインすべきか、ということが命題であることを念頭にいれておいてほしい。
一般的に、プリンシパルである動産の保有者は換価の専門家ではない。製造した商品を通常の販路に乗せて販売し利益を得るというサイクルは本業であり、エキスパティーズを持ち合わせているものの、売れ残った在庫、使用しなくなった機械設備を処分する、という業務は通常のサイクルで発生するものではなく、いつ必要になるかわからないエキスパティーズを社内に保持しているケースはほとんどないといっていい。そのエキスパティーズを提供するのがゴードン・ブラザーズであり、換価業務を受託するエージェントである。しかしながら前述のとおり、換価プロジェクトをプリンシパルが自社にて行うケースが多々あるのも事実である。顧客とゴードン・ブラザーズはパートナーという関係を目指しつつも、違う経済主体・行為主体であり、本質的には利害関係の異なる関係にあることは否めない。
プリンシパルがエージェントに業務の委託を検討するにあたっての心配事は、その成果に加え、エージェントへの報酬(プリンシパルのコスト)をどのように設計するか、またどれだけプリンシパルがエージェントの行動を観察できるか、である。利害関係の一致しない経済主体が、契約によって目的を果たす術を講じることに他ならない。これらの観点から3つのケースを考察してみる。
- プリンシパルがエージェントの行う業務内容を監視できるケース
- プリンシパルがエージェントの業務内容についての情報を得られないケース
- プリンシパルはエージェントの業務内容を直接監視できないが、エージェントの努力水準に関するシグナルを得ることができるケース
1.プリンシパルがエージェントの行う業務内容を監視できるケース(両者が把握する情報が対称の場合)
エージェントの努力水準が高ければ高いほど、対象となるプロジェクトの成果は大きくなると期待できる。プリンシパルがエージェントの努力水準を具に観察・監督できるのであれば、エージェントの報酬は、その努力水準に基づかせることが可能になる。(一般にエージェントは努力を好まないことを前提とすると、)この問題を解決するのは、「強制的契約」である。プリンシパルが期待する利得を達成するためのエージェントの努力水準とそれに応じた報酬を契約に謳い、この努力水準よりも低いパフォーマンスであった場合には一切の報酬も支払われない、というものである。エージェントは努力水準に見合った報酬を得るインセンティブの下、契約を遂行し、プリンシパルは契約に規定されたエージェントの努力水準を確認しエージェントに報酬を支払う。
2.プリンシパルがエージェントの業務内容についての情報を得られないケース(両者が把握する情報が非対称の場合)
プリンシパルがエージェントの努力水準を観察する方法を持たないケースでは、対象のプロジェクトが最終的にとても良好な利得で終わった際、プリンシパルが唯一観察できるのは利得だけである。これはエージェントの努力水準が高かったことが原因なのか、天候や経済状況など外部要因のためであったのか、知る由がないものとすると、この場合のエージェントへの報酬構造はどのように決定するべきであろうか。
まず考え得るのが、利得とは関係なくエージェントに対して固定の報酬を設定することである。エージェントの努力水準がどの程度利得に反映されているのかがわからないため、報酬を利得から独立させる、という考え方である。ただし、この契約下ではエージェントの収益が利得に依存しないのだから、彼らのさらなる努力を引き出せない可能性がある。
次に考えるのが、プリンシパルは予め決めた固定額を受け取りエージェントは利得の差額を受け取る、という報酬構造で、いわゆる成果報酬契約である。エージェントの努力は利得に反映される(あるいはそのことをエージェント自身がわかっている)ため、エージェントが最善を尽くす強力な誘因となる。
報酬構造の選択は、プリンシパルとエージェントの間のリスク分担によって異なる。固定報酬契約のもとでは、プリンシパルがすべてのリスクを負担することになり、成果報酬契約のもとではエージェントがリスクを負担する。換価プロジェクトを考える際、プリンシパルの多くはリスク回避的である。動産を換価したいと考えているプリンシパルの目的は財務リストラであり、財務状況の改善を図ることが目的であることが通常である。現状以上の負の財務インパクトを許容せず、換価による現金回収を最大化したいと考えるケースが主であろう。その意味において、換価プロジェクトにおけるプリンシパルの多くはリスク選好ではなくむしろ回避したいと考えている。この場合、プリンシパルはリスクに対する費用を払うことなく、エージェントに負担させ、成果への最大のインセンティブを与えることができるような報酬構造である成果報酬契約を選択することが最善となる。
エージェントがリスクを回避したいと考えるケースもある。成果報酬契約によってエージェントは高い努力水準で働くインセンティブをもつが、自らが負担しなければならないリスクにも注意を払いコストをかけることになる。プリンシパルは、エージェントが支払うリスクへの費用を固定手数料でカバーしつつ、これを超える利得をエージェントの努力水準に応じた報酬構造として設定することになる。
3.プリンシパルはエージェントの業務内容を直接監視できないが、エージェントの努力水準に関するシグナルを得ることができるケース(両者が把握する情報が部分非対称)
プリンシパル・エージェント理論では、プリンシパルはエージェントの努力水準を直接把握することができないものの、努力水準に関するシグナル(例えばエージェントの就業時間や業績評価)を観察することができるケースも検討される。プリンシパルは正確な努力水準を確認できないままであるが、KPIとしてのシグナルを得ることできるというケースである。このケースでは、エージェントがリスク回避的であればこのシグナルに基づく報酬を設定するものの、そうでない限りエージェントにリスクを負担させることで成果へのインセンティブを与えることが望ましい。(例えば、法律事務所などのプロフェッショナル・ファームが就労時間をベースに報酬を設定する、あるいは従業員が年次評価に基づく給与を得るのは、エージェントとしてリスクを回避したいと考えているからである。)ゴードン・ブラザーズが行う換価事業の多くは努力水準が利得に反映されるため、エージェントとしてのゴードン・ブラザーズがリスク回避を主張することは一般的ではない。エージェントがリスク負担する成果連動の報酬を選択されるべきであろう。
プリンシパル・エージェント関係は、異なる経済主体の二者が共通の目的に向け受委託を形成する際に、情報の非対称を前提として両社のリスクへの態度によって報酬構造を決定するプロセスである。換価プロジェクト等外部への業務委託を考える顧客(プリンシパル)は、当該業務を受注する別の経営主体であるゴードン・ブラザーズ(エージェント)がどのようにその業務に当たる体制を用意し、どのようなノウハウを用い、どのように進めるのか、それらの詳細を正確に把握することは不可能であり、その意味で情報の非対称性は否めない。プリンシパルが示すリスクへの態度は、また、委託する業務において報酬構造を決定する重要な要素である。特に顧客・プリンシパルが当該業務(換価)を実行するに至る背景には、その会社の財務状況、ビジネスの将来に対する展望、マーケットの動向などが密接にかかわっており、それらはプリンシパルの当該業務(換価)に対するリスクの評価と許容度を決定する要因となる。エージェントは、プリンシパルのリスクへの態度を十分に分析・把握したうえで、自らの努力水準を表す業務内容の開示を図りつつ当該業務(換価)の受委託の報酬構造を提案し、両社にて成果を最大限に引き出す報酬構造を導くことが肝要である。
換価業務を考えるとき、プリンシパルが自社でその業務を完結するのか、他者に委託するのか、という議論、また日本において換価業務の受委託がなかなか浸透しないという問題に対しては、プリンシパルとエージェントの関係を分析し議論し、それらに基づき両社で理解の下、報酬構造を構築していくことがそのソリューションとなるだろう。こうした取り組みこそが、真に顧客のパートナーとなりうる道と考えている。