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「大廃業時代」を機会として捉える

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DATE
2019年05月13日

ゴードン・ブラザーズ・ジャパン ソーシング&マーケティング
シニアマネージングディレクター  藤川 快之

■ はじめに 中小企業の後継者難の現状

近時、我が国の中小企業の後継者不在問題への関心が高まっており、「大廃業時代」が来るという危機的文脈で語られることも少なくない。政府調査によれば今後10年の間に70歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人となり、うち半数は後継者未定である現状を放置すると、後継者不在に端を発する廃業の急増により、650万人の雇用と約22兆円のGDP(いずれも10年間累計)が失われる可能性があるとすらされる(なお、日本の2018年の年次名目GDP実額は約549兆円)。確かに、これは一つ一つの企業や経営者にとっては重い問題であり、価値のある事業や技術が消失してしまうことがあれば、社会全体の損失である。しかし、この問題は「とにかく廃業を食い止め、経営を継続させなければならない」と企業体のオーナーシップ承継に矮小化して考えるのではなく、日本経済の構造転換の機会とする視点も必要であろう。後継者難の中小企業が事業の第三者への譲渡(M&A)や廃業を行うことで、その技術や人材が流動性を持ち、日本経済が抱える他の問題と共に解決される大きな機会となると捉えることもできる。「他の問題」とは、ひとつは「日本経済の低い生産性」、もうひとつは「人手不足」である。

日本経済における生産性の低迷

公益財団法人日本生産性本部の調査によれば、2017年の日本の時間当たり労働生産性はOECD36か国中20位、米国の2/3程度と低迷しており、主要先進7か国(G7)で見れば調査開始以来半世紀近く最下位という状態である。

生産年齢人口減少の中でGDPを成長させるためには、一人当たり生産性向上が喫緊の課題であり、政府も「生産性革命」を掲げて政策を展開している。さて、政府調査「中小企業・小規模事業者の生産性向上について」によれば、大企業が生産性(従業員一人当たり付加価値額)を向上させている一方で、中小企業のそれは低下傾向にあり、その格差は拡大傾向にある。生産性を上げるための打ち手(ITの活用、働き方改革、M&Aや海外進出など)は、中小企業には適切な実行が難しいものも多いことも踏まえると、後継者難の中小企業の経営資源(技術や人材など)が成長性の高い産業や経営効率の高い企業(大企業など)へ集約されていけば、結果として全体の生産性が高まることも期待できよう。

人手不足問題

人手不足については、各方面で深刻な歪みが生じていることは紹介するまでもない。人手不足によって成長機会を逸したりサービスの低下を余儀なくされたりする企業が増えている。また、長らく我が国経済をけん引してきた製造大企業において、品質偽装・検査不足等の様々な不祥事が発生していることも人手不足に根源を持つものが多いとされ、社会の安全・安心のためにも看過できない問題となっている。このことは、中小企業の後継者不在問題における「雇用の喪失(失業者の増加)」の懸念に対し、その反対の巨大かつ喫緊の雇用ニーズが実はすでに存在しているということを意味している。即ち、それぞれを独立した問題と認識するのではなく、ミスマッチとして認識すべきであろう。労働者の自発的な転職だけでなく、中小企業のM&Aの増加、更には後述の事例のような勤務先の廃業を機に雇用需要の高い産業・事業に人材が移動することも、有効な調整機会となるだろう。

廃業はマイナスなのか

後継者や第三者の買手が現れない場合には、廃業という選択肢があり得る。前述のように、廃業の増加によって雇用とGDPが喪失する懸念などが目につきがちだが、政府が新陳代謝促進のため、開業率と廃業率の大幅な増加を政策目標としてきたことからも分かる通り、廃業の増加にはプラスの側面も存在する。また、中小企業庁の過去の調査によれば、実は廃業率と実質GDP成長率には有意な正の相関が認められている。廃業については、中小企業、高齢化、伝統、などの文脈から、情緒的かつ一面的な見方になりがちであるが、重要なのは、盲目的な継続を是とせず、経営者が廃業も前向きな選択肢として検討できる各種支援策を充実させ、結果として円滑な新陳代謝が進む環境を作ることであろう。

廃業の成功事例

マクロの視点だけでなく当事者(経営者ならびに従業員)にとっても、廃業が良い選択肢になることを示唆する興味深い事例が、GBJの廃業支援案件の中にある。ある企業のオーナー経営者が、赤字体質・資金不足の会社に対し個人資金を貸付けしながら苦心して事業を続けていた。経営者は「従業員を路頭に迷わせたくない」という責任感から事業継続に努めてきたが、健康の不安と、仮に相続が発生すると回収見込みの乏しい会社宛貸付金も相続税課税対象資産とみなされることへの気付きもあり、廃業を決断。一方、従業員はといえば、速やかにより好条件で成長性の高い別業界に就職できたとのことであった。これはあくまでも一例だが、遅すぎない廃業を機に各当事者が個人の幸福度を高めたものであり、必ずしも「承継・継続が成功、廃業が失敗」ではないことを示すものといえる。逆に、いわゆる親族内事業承継へ固執したり、廃業阻止を金科玉条にしたりしてしまうと、手遅れになり、却って経営者と従業員双方の効用を大きく棄損してしまう惧れがある。

 

外部プロフェショナルによる支援策

上述の通り、後継者不在問題を一つの機会としてM&Aや円滑な廃業を促進することで、我が国の低生産性と人手不足問題の改善に繋がることが想定される。中小企業を支援する立場の金融機関や士業等の専門家も視野を一層広げることが重要となろう。親族内外承継における税制面等の助言などにとどまらず、M&Aの情報・業務提供、前向きな廃業の資産負債清算の計画策定支援、更には「譲渡も廃業も出来ない」状態の債務超過企業等への「経営者保証に関するガイドライン」に即した支援などによって、経営者の意思決定を後押しする機会が増えるものと思われる。

 

(参考文献)
経済産業省「中小企業・小規模事業者の生産性向上について」2017年10月
公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較」2018年12月
中小企業庁「中小企業白書」各年版