DATE
2020年05月08日
ゴードン・ブラザーズ・ジャパン 顧問 不破 久温
■ 自社の経験と技術へのこだわりを捨てる
モノづくり企業の事業構造変革で最初に重要なことは、市場がほんとうに求めている「商品」の価値は何かをよく考えてみること。そして、経営者が、過去から自社の「製品」を創り出してきた経験と技術へのこだわりを捨て、改めて自社と経営者自身の本質を虚心に評価してみることではないか。
これまで、日本の多くのモノづくり企業は優れた技術力と商品企画力の粋で、高付加価値の「製品」を市場に送り、成長し利益を上げてきた。
しかし、いま世界市場では、これまで気付かなかったような新発想の「商品」が需要を創造し、高付加価値と思っていた「製品」が撤退を強いられている。携帯電話、パソコン、家電、自動車の例を挙げれば明らかであろう。
振り返ってみれば、20世紀の最後の25年間、多くの経営者は自社の戦略を追求し、新技術の開発や製品のコスト競争力の問題にぶつかると、「問題解決型の経営思考」で競争を勝ち抜いてきた。
経営者は、問題を発見し、構造化して認識し、解決する「問題解決型思考」ができなければ務まらないとも言われた。
だが、21世紀の最初の20年間、今後の市場がほんとうに求めるものをいち早く発見し、それに取り組むことこそ経営の「課題」であることを忘れかけていたかもしれない。
投資運用会社最大手BlackRockのラリー・フィンク(Larry Fink)CEOは、世界のCEOへ宛てた手紙(2018年)で、「(今後、)経営者が重要視すべきは、最も広い意味での市場で、何を創造するために自社はあるのか。すなわちその企業が存在をかけて追求すべき経営の「課題」(Sense of Purpose)は何かということである。いま経営者は、株主のためにも、いかにして市場創造に貢献できるかを示す必要がある。」と述べている。
企業経営者は、「自社の資源を活かしてできることは何か。」ではなく、「市場にはどんな課題が隠れているのか。自社が存在を賭けて創り出すべきものはなにか。」を深く考えるところから始めなければならない。「課題」の本質を深く考えることで「課題」を明確にイメージして、ビジネスモデルも発見できる、というのである。
もちろん、多忙極まりない毎日のなかで、将来の自社の「課題」について深く考え続け、長期ビジョンを実現することは、けして容易なことではない。
しかし、「課題」を深く考え続ける優れた企業に学ぶことはできる。
■ トップ企業の経営者はその企業の新しい「課題」を追求し続けている
例えば、自動車業界で世界のトップの座にあるトヨタ自動車でさえ、まったく新しい「課題」の追求をし続ける努力を怠ってはいない。
最近発表された、NTTとトヨタが相互に2千億円を出資する資本業務提携は、街全体をITでつなぐ次世代都市「スマートシティー事業」の推進で業種を超えて連携するものだ。
静岡県裾野市や東京都港区も同事業に協力し、さらに他の都市にも拡大していく構想を掲げている。
トヨタ自動車はKDDI(au)の大株主で、通信機能を備えたコネクテッドカー(つながる車)開発で協力している。一方、ソフトバンクとも自動運転技術を活用する共同出資会社を設立しているので、今回の提携で、国内通信大手3社全てと提携関係を持つことになる。
「スマートシティー事業」は、ITや人工知能(AI)を活用し渋滞緩和やエネルギー消費の効率化、交通事故の減少、地域の公共サービスや生活必需品の販売・配送のIT化などにつなげる。トヨタ自動車が追求する将来の「課題」は自動運転やロボットを地域の生活全般にとり込むことであり、実証実験をしながら、さらに新しい「課題」を発見することも含まれている。
他方、NTTも「スマートシティー事業」を成長分野と位置付けており、自動運転に必要な通信インフラや、カメラ映像の分析技術を開発・提供して日常生活の安全・安心・低コストの流通を実現し、さらに地域の日常生活を可視化し、支援サービスに活用することを「課題」としている。
まず、2020年末に閉鎖する予定のトヨタ自動車東日本の東富士工場(裾野市)の跡地と、品川駅前(東京都港区)でスマートシティーを先行して展開する。
世界のトヨタは、最早自動車市場に取り組んでいるだけのモノづくり企業ではない。未開拓の「スマートシティー」という「コミュニティー」の活動のなかに市場を追求し、トヨタの「課題」を発見しようとしている。
わが国のトップ企業といわれるこれら各社が発見した将来の「課題」を追求し続ける経営姿勢は、日本の多くのモノづくり企業経営者が自社の「課題」を発見する重要なヒントをもたらすと思う。
■ 「自社の本質」を問うこと
では、経営者の新しい自社の「課題」への取り組みは、実際どのようなものなのか。
PLANTIO代表取締役/CEO芹澤孝悦氏の事例をご紹介したい。
多くの読者は、「プランター」という園芸用の商品をご存じだろう。このメーカーが、経営の転換点で発見した新しい経営「課題」とその取り組みの経緯である。
「プランター」は、戦後高度経済成長期に高層団地のベランダの形に合わせ、長寸65cmの長方形をした草花などの栽培容器である。容器に土を入れ、思い思いの植物の種や苗を植えて育て、花の美しさを楽しむ。また、ミニ・ファームとして夏野菜を育て、収穫したトマトやナスで食卓を飾る。
このプランターを発明(1955年)したのは、セロン工業代表の芹澤次郎氏だった。サカタのタネ(種苗)、東京農大と共同で、土壌の通気性や保水性を追求し、汎用性の高い「園芸容器」(芹澤次郎氏は”いのちのゆりかご”と呼んでいた。)の開発に成功した。
その後、「プランター」は海外にも輸出され、特許のお陰もあり、会社は成長拡大した。
しかし、それから半世紀を経て、現CEOの孝悦氏が引き継いだ2009年、会社は15年目の赤字に苦しんでいた。
孝悦氏は、会社の経営数字を細かく調べ、赤字の原因を体系的に整理し、そのひとつひとつを解決していった。不動在庫の整理、関連商品の通信販売拡大、経理事務の電子化、一部事業の撤退、人員の削減など。まさに、問題を発見し、構造化して認識し、解決する「問題解決型思考」の経営だった。
その多忙な毎日のなかで、孝悦氏は、自分(企業)の存在する根拠、すなわち何のために経営するかという、新しい経営「課題」を発見しようと、思索と実験を重ねた。
そして発見した「課題」は、都市に「分散型ヴェジテーションを展開する」事業だった。
これに取り組むPLANTIO(CEO芹澤孝悦氏)は、共同創業者に藤元健太郎氏(eビジネス&マーケティングのパイオニア)、孫泰蔵氏(yahoo JAPAN立ち上げに参画)を得て、2015年に会社を設立、市民農園や都市農園を開発していった。
この経営の試行錯誤のなかで、孝悦氏は、孫泰蔵氏からふたつの重要な示唆を得た、という。
ひとつは、「己(=自社とその最高経営者である自分)は何者か。=自己の本質」を自ら問うこと。
まず、将来の市場を考える際、自社或いは自分自身はどんな人格で、これまでの経験に基づくどんな知識・知恵をもっているのか、を最初に問うことから始める。思いつく将来市場は魅力的に見えるのだが、それに取り組む自己の力量について深く考えなければ、ヴィジョンを見誤ることがある。
「プランター」を独自に開発して世界に販売したセロン工業(当時)は、なぜ「プランター」を発想し、開発の苦労を重ねて世界的な商品に育てられたのか。初代の芹澤次郎氏は自己を見極めたうえで新市場と事業領域を設定し、専門の種苗会社と農耕技術の専門家(大学)との提携を必須の前提として事業を構想した。そして、育苗のプロセスをよく理解したうえで、単なる植木鉢ではなく、栽培・耕作の「品質」を確保できる農業用容器を設計・開発した。
一方、そのあとを継いだ孝悦氏はICTの急速な発展を目の当たりにし、ソフト開発とそのプロデュースを通して積み重ねた自身の経験をもとに、IOTが支援する高付加価値「プランター」市場を構想した。
孫氏は、それでは新事業領域を創り出すには思索が不十分だと指摘したのである。「プランター」の商品名を世界にひろめた会社は、創業者次郎氏のあと、製品の改良改善にこだわり、新事業を展開する自社が「何者なのか」を忘れはじめていた。孝悦氏は、このことが15年間もの赤字の真の原因だったのだと気づいたという。
■ IOTは “カルチャー” がないとワークしない
孫氏からのもうひとつの示唆は、「IOTハードウエアは “カルチャー” がないとワークしない。」ということ。ここでいう「カルチャー」とは、市場である社会の価値観そのものである。市場=社会が変化するときに、その少し先の変化を発見し、市場として創造するのである。
例えば、都市に住む人たちのあいだに、建物に囲まれた空間でヴェジテーションを楽しみたいという考えが広まるのが、市場=社会のあたらしい「価値観の出現」である。それを捉えて深く考えると、顧客がヴェジテーションに割ける時間や時間帯、求める作物の選択、栽培の知識や技術、農作物を活かした食の楽しみ方など、PLANTIOが市場に提供すべき、都市型ヴェジテーションの価値すなわち“カルチャー”が描ける。
そこから、はじめてIOTの要求仕様が見えてくるのである。
孝悦氏は「己(=自社とその最高経営者である自分)は何者か。」を深く考えたうえで、「課題」としての都会の時間と空間を(ゆっくりと)創り出し、それを思い思いに楽しむ“カルチャー”を深く追求することで、“SUSTINA PARK”という「時空間を楽しむ」発想にたどり着いた、という。
PLANTIOは、都市のビル・構築物の間隙(例えばビルの屋上、ベランダ、河川や水路沿いの空間など)で、知識や経験、道具がなくても、野菜を育てられる環境を提供するビジネスを立ち上げ、首都圏で次々に「都会の畑」を展開している。提供するのは、空間はもちろん、種類別に野菜を栽培するアドバイス(植え付け、水やり、間引き)、収穫、収穫後の作業や、同じ種類の野菜を栽培する「ネット仲間」の情報交換もサポートする。
収穫時期を予測するAIのお蔭で、利用者は互いに予定の日を決めて、「都会の畑」(“SUSTINA PARK”と呼んでいる。)で収穫した野菜をその場で調理してパーティーを楽しんでいる。
いま“SUSTINA PARK”は、植えた作物の成長を「顧客」の携帯端末に映像で伝え、生育予測を知らせるAI+カメラ付き「園芸サポート・キット」が働き、収穫期のガーデン・パーティーの予約も調整する。
PLANTIOで孝悦氏が追求した経営は、先代の次郎氏が“いのちのゆりかご”の構想から発明した「プランター」に拘ることなく、新しい市場を設定して「課題」を追求した成果なのである。
■ 企業のトップは市場の「課題」発見をし続け、「自己」を問うてヴィジョンを描く
うえに述べたトヨタの例と、PLANTIOの例から、我々が受ける示唆は次の3点かと思う。
①自社がこれまでに確立した競争の強み(特許・ブランド)、経営手段(設備やノウハウ)のみに拘泥しない。
企業経営者は、これまでの経営を支えてきた強みと資源(特に設備や技術)に拘らない発想で、常に将来の市場を見通し、経営の「課題」として追求する努力が必要である。
②将来の市場「課題」を追求し続け、市場に創造すべき“カルチャー”を深く考える。
市場は、本当は何を求めているのか、市場変化の予兆はなかなか見えない。しかし、社会の変化について深く考えることは、市場変化の仮説を立てることを可能にする。
③「課題」を追求する自社と経営者自身は何者かと問うこと。
経営者には、常に市場の「課題」を追求し続ける継続力、自社と経営者自身の力量を評価する虚心さが必要である。
いま、世界の多くの企業の活動が新型ウィルスに阻まれている。感染の拡がりが早く抑えられたとしても、これら多くの企業が市場の大変化に直面するかもしれない。
モノづくり企業の経営者は、自らが持つ力にのみ拘るのでなく、社会の大きな変化に導かれて新しく出現するだろう市場に取りくむ気概が、すでに求められているように思う。