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小売企業、茹でガエルの危機

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DATE
2022年06月13日

GBJアドバイザリーボードメンバー 諸江 幸祐

 

■ 小売業の業績は回復基調!というが...

コロナ禍の影響をフルに受けた2年目の消費系企業の決算がまとまった。日経新聞の集計によれば、2022年2月期決算とともに翌期の予想数値も併せて公表した上場企業では、約7割の企業で2023年2月期の純利益がコロナの影響が全くなかった2019年2月期を上回るという予想だ。87社の純利益合計は6,574億円、2022年2月期比で17%の増益、売上高も6%程度の増収。表面的にはコロナ禍のダメージはすでに完全に払しょくしたかに見える。

実際、4月末に、東京をはじめ各自治体から出されていた飲食店への時短営業や酒類提供の制限が解除され、ゴールデンウィーク中の旅行者が急増、都心の百貨店では輸入ブランドなど高額品の売上の好調が報道されている。しかし大手小売業の経営者からは予想数値とは裏腹に、「懸念」の声ばかりが聞こえてくる。

 

コストプッシュ・インフレにどう対応するのか

企業経営者が一番憂慮しているのは、長らく経験していないインフレの影響だ。世界各地のコロナ禍により、半導体を含む工業製品の生産が縮小、物流の停滞が長引き、消費市場への供給不足が続く。そこへ来てウクライナ侵攻に伴う、エネルギーや穀物価格の高騰が大きな影を落としている。マスコミは一斉に「インフレ」を叫び、好景気の米国では2022年だけで政策金利が6回引き上げられ、0%金利政策から一気に1.5~2.0%に引き上げられるという見通しが出ている。

実際、日本の消費者物価指数も今年4月には101.5と1年前に比べて2.5%増と上昇傾向だ。ただ、今年に入って高騰しているのは生鮮食品とガソリンだ。ガソリン小売価格は補助金給付で頭打ち、生鮮食品の変動は天候次第。つまり、コロナ・ウクライナが要因のインフレ発動はこれからのことだ。食品原料など商品の仕入れ価格、水光熱費の値上げはこの夏以降に本格化する。国内の運送料については、今後トラック会社からの厳しい運賃交渉が予想される。小売業はPB商品など日常品の価格はできる限り据え置く一方、付加価値型の商品はさらに価値を高め、価格も高めに誘導して対応する戦略だ。

 

■ 消費者物価:生鮮品と燃油除けば、物価上昇はこれからの話

 

■ 消えた業績の下支え要件

コロナ禍の下でも、消費系企業の業績は雇用調整助成金や休業・時短営業に伴う助成金収入でしっかり下支えされてきた。東京商工リサーチによれば、上場企業の雇用調整助成金は、全上場企業の21.7%に当たる845社で申請・支給され、その総額は8,000億円に上っている。ANAやオリエンタルランドなどの旅行・サービス系、外食企業などが支給額上位だが、コロナ前より大きく売上を落とし、一時的に一部店舗の営業を制限した百貨店やアパレル企業も人件費の4~8%に相当する助成金を受けている。今後一切の助成金が無くなった時に、売上の増分から生まれる利益だけで喪失した助成金収入を補えるのか。

雇用保険料などを主な財源とする雇調金の支給総額はこの2年間で5兆円を超えた。支払い先は企業だが、その先は雇用者への給与だ。政策意図がそうであるように、雇調金の存在が「低い失業率・倒産件数」の背景にあるのは間違いないだろう。これに加えて、各自治体から休業・営業制限に従う代わりに支給された補助金の総額は、これまでに5.5兆円に上ると推計されている。営業しているより儲かったかもしれない、と揶揄されるのは個人店ばかりではないはずだ。

 

■ 上場会社の雇用調整助成金は8,000億円、国内全体で5兆円

 

小売企業は茹でガエルになりやすい

物価上昇が先行し、賃金上昇が追い付かなければ、一般消費者の生活防衛意識は否応なしに高まる。「取り合えず買っておく」「ちょっと寄っていく」といった、これまでの日常の生活行動は抑制方向に働くだろう。リモートワークの拡大など行動様式の変化、インバウンド需要の回復の遅れとともに、コロナ禍の間に失った小売市場の完全回復は当面見込めない。さらに海外留学生などの非正規労働力の流入が細る中、労働力不足、人件費全般の上昇は、多くの人員を抱える小売業にとっては頭の痛い問題だ。DX化の深耕を早め、よりコスト意識の高い小売業システムの構築を急がねばならない。

経営者レベルでは当然のことと受け止められても、日銭収入がある小売・消費者系の企業の現場は往々にして危機感が薄弱になりがちだ。厳しい環境の認識を企業全体に浸透させることが、対応マニュアルの1ページ目に記されるべきだろう。