MENU

ロシアによるウクライナ侵攻の歴史的視点

トピックス

トップページナレッジロシアによるウクライナ侵攻の歴史的視点

DATE
2022年08月16日

GBJアドバイザリーボードメンバー 藤田 勉

■ ロシアは侵略され続けてきた歴史を持つ

2022年2月に、ロシアはウクライナ侵攻を開始した。その影響により、世界的なインフレ率上昇、金利上昇、そして株式市場の急落などが発生している。当初、早期決着が予想されたが、軍事作戦は想定以上に長引いている。今後、侵攻長期化は先進国対新興国の「新冷戦」を生み、欧米や日本などの先進国と中国、ロシア、インドなどの新興国の対立が激化するおそれがある。なぜ、ロシアはウクライナ侵攻に踏み切ったのか。これには深い歴史的な背景がある。

 

「やった方は忘れるが、やられた方は覚えている」という言葉がある。日本、米国、英国、ドイツ、フランスの共通点は何か。それは、いずれも「ロシアは他国を侵略、占領し、多くの人々が犠牲となった」というものである。しかし、同時に、これらの共通点は「ロシアを侵略、占領し、多くのロシア人が犠牲となった」ということである。

歴史的に、欧米列強はロシアを何度も侵略し、多くのロシア人が犠牲となった。ナポレオン戦争、対ソ干渉戦争、そして第二次世界大戦などがその例である。

2度の世界大戦で、ロシアの死者数は世界最多であった。独ソ戦で、ソ連は2,300万人以上が犠牲となった。ちなみに、太平洋戦争時の日本の死者数約310万人で、人口比4%(7,200万人)である。

ロシアは、大国から攻められ続けた歴史がある。主要都市を守る自然の要塞がないため、ナポレオンやヒトラーのように機動戦を得意とする軍隊に対して脆弱である。ただし、国土が広大であるために、攻撃側の補給線は伸びきってしまい、補給が難しい。加えて、冬将軍がやってくる。このため、いずれも攻め込まれるが、長期戦に持ち込んで、決定的な敗北に至らなかった。そして、周辺国を衛星国として支配し、自国の安全保障を図るという戦略をとってきた。

一方で、日本では、日本がロシア本土を侵略、占領し、多くのロシア人を犠牲となった歴史を持つことは忘れていることが多い。しかし、日本も1918年から4年間、ウラジオストクからイルクーツクまで占領した。一方で、ロシアが日本本土を侵略、占領したことは一度もない。

ナポレオン(フランス)やヒトラー(ドイツ)は、ウクライナやベラルーシを通過して、ロシアを侵略した。ロシアは自国防衛のために、ウクライナやベラルーシを自国の影響下に置く必要がある。モスクワとキーフの距離は約740キロであり、モスクワから国境まで約450キロ(東京-姫路と同じ)である。そのため、ロシアとしては、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、欧米の核の傘に入ることは許容できない。したがって、侵攻は容易に終結しない。

 

■ ロシアによるウクライナ侵攻の長期化の要因

ロシアの侵攻が予想以上に長期化している要因は、主に二つあると考えられる。

第一に、ロシアの軍事力が過大評価されていると考えられる。世界第2位の軍備を持つロシア軍だが、軍備のハイテク化が進んでいない。一方、欧米がウクライナに最新兵器を提供している。

さらに、第二次世界大戦後、ロシア軍はチェチェン、アフガニスタン、ジョージア、シリアなどの地域紛争しか経験しておらず、大規模戦争の実戦経験が乏しい。プーチン大統領が本格的な戦争を経験するのは、ウクライナ侵攻が初めてである。一方で、戦後、米軍は、朝鮮、ベトナム、中東、アフガニスタンなどで大規模な戦争を数多く経験している。

第二に、対ロシア制裁の効果が十分でない。米国の制裁に参加しているのは37ヵ国のみである。中国、インドを中心とする新興国は制裁に参加しておらず、これらのロシアからの資源エネルギーの輸入を急拡大している。欧州はエネルギー輸入のロシア依存度が高いため、厳しい制裁は避けている。また、「金融制裁」といっても、国際銀行間通信協会(SWIFT)は、約300のロシアの銀行のうちわずか7行を除外しただけである。

資源エネルギー価格高騰により、ロシアの経常黒字は昨年の16兆円から今年は30兆円に増加する見通しである(世界2位、IMF予想、1ドル130円換算)。その結果、ルーブルは急上昇しており、主要通貨では最大である。

さらに、ロシア政府のバランスシートは強固である。ロシアの政府総債務残高は、GDP上位20ヵ国中、最小である。ロシアの政府総債務残高対GDP比も主要国で最低であり、対外債務残高は57兆円(2020年)、外貨準備は60兆円(2021年末)である。国家の石油収入を運用するロシア国家福祉基金の資産は22兆円であり(2021年末、対GDP比11%)、エネルギー価格上昇の恩恵が大きい。

ウクライナを欧米が支援し、ロシアを中国・インドなど新興国が実質的に支持するため、侵攻は容易に決着がつかないであろう。中国の国内総生産はロシアの10.9倍、インドは1.8倍もあるため(2022年、IMF予想)、ロシアを経済的に支援することは容易である。中国・インドのオイル輸入量合計は欧州全体の1.4倍(2020年、BP)であり、同消費量は過去10年間に1.5倍に増えている。

2020年代の新冷戦は、先進国対新興国の対立の構図になる可能性がある。中国、ロシア、インドの共通点は、いずれも長期政権ということである。一方で、先進国は強いリーダーを欠いている。

プーチン大統領は、既に、22年間に亘って権力者の座にあるが、さらに政権は長期化しそうである。2036年までの続投が可能である。2036年に、プーチン大統領は83歳である。習近平(69歳)は、2038年まで国家主席であり続ける可能性がある(同85歳)。

ロシアのウクライナ侵攻開始時点では、「ロシアの軍事力は強力であるものの、ウクライナを欧米が軍事支援して長期化すれば、経済が脆弱であるので、経済制裁が効果を奏するだろう」という見方が有力だった。しかし、実際は、「ロシアの軍事力は想定以下の実力だったが、経済力は意外に盤石であり、戦争の長期継続は可能」という状況である。

以上を総合すると、先進国によるロシア制裁の効果は限定的である一方で、ロシア、中国、インド、サウジアラビアなどの新興国の結束が強まる可能性がある。欧米のリーダーが弱体化する中で、先進国対新興国の新冷戦が長期化する可能性を考える必要が高まりつつある。