DATE
2023年11月14日
GBJアドバイザリーボードメンバー 原田 良治
■ ジャニーズ騒動勃発
今年のコンプライアンスについての象徴的な出来事は、何と言ってもジャニー喜多川氏による性加害問題ではないでしょうか。
この事件の発端となったのは、英公共放送BBCのドキュメンタリー番組の3月の放映です。翌4月には被害者カウアン・オカモト氏が日本外国特派員協会で会見を開き、8月には国連人権理事会がジャニーズ事務所の性加害を取り上げました。これまで芸能界やメディア等で密やかに語られてはいたものの、表立っては語られることなく隠蔽されてきた性加害問題にスポットライトが当てられたのは、こうした「外部」からの指摘があったからです。私自身、ジャニーズの所属タレントをセブン&アイグループのCMに起用していた時代もあり、この噂は耳にしたことはありました。もちろん周囲に事実の確認をしましたが「単なる噂話」であるとの報告を受けました。
その後、ジャニーズ事務所は9月7日に喜多川氏の性加害が問題化して以降初めての記者会見を開き、藤島ジュリー景子社長が同5日付で退任し東山紀之氏が新社長に就任したと発表しました。10月2日には社名変更や、被害者救済と再発防止に向けた具体策を説明するため、2度目の記者会見が行われましたが「NGリスト」の存在が新たな火種となり、所属タレントの退所やCM出演取り消しなどが現在に至るまで頻発しています。
今回の一連の騒動を念頭に置き、コンプライアンスとはなにか改めて考えてみたいと思います。
■ そもそもコンプライアンスとは
コンプライアンス(compliance)とは、「法令遵守」を意味していますが、単に「法令を守れば良い」というわけではありません。現在、企業に求められている「コンプライアンス」とは、法令遵守だけでなく、ジャニーズ問題でクローズアップされたように倫理観、公序良俗などの社会的な規律に従い、公正・公平に業務をおこなうことを意味しています。重要となる3つの要素は以下の通りです。
①法令遵守
法令とは一言で言えば日本国民が守るべき公的なルールということになります。国会が定める法律や行政機関が制定する政令や府省令などが該当します。これを無条件で守ることが法令遵守ということになります。
②就業規則
就業規則は、会社が定めたルールです。勤怠ルール、業務プロセス、服務規律、経費申請など、社員が遵守しなければならない取り決めを指します。私の経験上、中でも重要なのは勤怠ルールだと思っています。「遅刻をしない」「無断欠勤をしない」など社会人としては最低限の取り決めですが、ここを徹底することにより会社全体の風土と体質が改善されます。
③倫理感・公序良俗
これらは法令には定められていませんが、ステークホルダーから信頼を獲得するためには欠かせないものとなります。今回のジャニーズ騒動についてはこの点を軽んじた結果と言えます。犯罪という範疇でなくとも世論からから罰せられる、この事件はその象徴的な事象と言えます。
■ なぜコンプライアンス違反は起こるのか
横領、不正取引、過労死、各種ハラスメント、機密情報の流出など、コンプライアンスの機能不全による不祥事は後を絶ちません。こうした事件は以下3つの事由により発生すると考えられます。
①知識の欠如
歴史が長いが故に古い体質を引きずっている会社が陥りがちなのが、この知識の欠如です。このような会社は労働基準法、男女雇用均等法、最低賃金などの法令に対する理解や知識が乏しく、就業規則も整理されていないケースがしばしばです。そのためコンプライアンス違反に対する認識が薄く、問題を長引かせ、事を大きくするというケースが多発しています。こうした事態に対応するには、社内に「コンプライアンス委員会」を設けるなどの意識改革と啓蒙活動が重要となります。
②不正な経費処理
上司からの圧力やパワハラにより、不正と認識しながらコンプライアンス違反を起こすという事例も多く発生しています。社内規定に基づいた手続きを経ず取引先に不正な支払いを行うことや、会社の経費の着服という最悪な事態を引き起こします。こうしたコンプライアンス違反を防ぐためには、定期監査などの監視活動が重要となります。
③組織上の問題
ハラスメントを受けていても誰に相談すればよいか分からない。社内の不正を発見しても誰に報告していいのかわからない。会社の許可なく業務用パソコンを簡単に持ち出せる。このような環境下では、コンプライアンス違反を防ぐことは不可能です。社員の意見を受け付ける窓口や専用の投函ボックスの設置など、機能的な対応が欠かせません。ジャニーズ事件も、被害や不正行為を訴えることのできない組織風土や環境に対して改革の手を打っていれば、これほどまでに大きな騒動になっていなかったのではないでしょうか。
■ 企業におけるコンプライアンスの現状
ジャニーズ事件に留まらずコンプライアンス違反がもたらす事件は頻発しています。
①大学における不祥事と隠蔽
記憶にも新しい某私立大学のアメフト部による大麻取締法違反の疑いです。コンプライアンスの視点から見て理解できないのは副学長が関与した「空白の12日間」です。このことが大学の信用を失墜させたといっても過言ではありません。結果、私学助成金が不交付となり、アメフト選手に対しても出場停止処分が下されました。
②間違った業界の常識がもたらした過労死
日本における最大手の広告代理店に勤務する20代の新人社員が、投身自殺をするという事件が起きました。この事件は労働基準監督署によって労働災害と認定されました。当時の広告代理店において深夜勤務はいうまでもなく、徹夜作業というのも珍しくありませんでした。従って月あたりの残業・休日出勤は100時間を大きく超過していたにも関わらず業界の常識として見過ごされていました。しかしながらこの会社は労働基準法違反に問われ罰金刑に処されました。この事件をきっかけに働き方改革を強いられ組織風土も刷新されました。一方で業界をリードしていた社会的地位や各企業や行政への影響力は低下し、この会社の持つ強みも減退、比例して売上も減少傾向が続きました。
③巨額の不正請求が発覚した事件
大手携帯通信会社の元従業員および社外の複数の関係者は共謀のうえ、その会社が委託した資材の保管や運送に係わる業務において費用を水増し請求することで不正に利益を得るという事件が発生しました。
この会社は、当時の政府が推し進めていた携帯通話料金の値下げという使命を受け、基地局設置に対して積極的な設備投資を行っていました。この事件だけが原因とは思いませんが、この会社の新たな電波帯域を活用するというプロセスに大きな影響を与えました。
■ コンプライアンス体制の構築のための4つの施策
① コンプライアンス体制の構築
コンプライアンスに対する知識や理解を高めるため「コンプライアンス委員会」を設置します。その中で会社の指針や活動計画を明確にし、その内容に対して社内全体への理解と実行を徹底します。並行して社内倫理規定や就業規則を見直すなど規程の整備を行います。
② 内部通報制度の構築
リアルタイムで起きている事件の把握には多くのハードルがあります。その解決策のひとつが内部通報制度です。この制度そのものが事件の解決につながると同時に、告知・浸透により事件発生の抑止効果も期待できます。
③ 透明性の確保
自社の取り組みに関しては、ホームページのみならずグループウエアなどのコミュニケーションツールで告知し透明性を高めます。自社の活動や取り組みについて顧客、取引先、従業員などすべてのステークホルダーに広く公開し信頼を獲得します。
④ 教育制度の確立
コンプライアンスセミナーを定期的に開催し、全従業員にコンプライアンスの意識を浸透させます。組織風土の改革を行うには、忍耐強く定期的な教育・訓練を継続実施することが重要です。
■ 会社を守るためには
コンプライアンス違反により企業の存続を危うくするプロセスには一定の法則があります。
一番多く見受けるのは情報を小出しにして騒動を丸く収めようとすることです。その他には虚偽の情報提供を行うことや対応が後手に回るなどです。その結果最悪の場合、企業は破綻します。
初動時にすべての情報を開示する経営トップの「勇気」が、実は会社を救うことになると私は思います。