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事業再生と金融の日米比較

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DATE
2025年03月10日

ゴードン・ブラザーズ・ジャパン
代表取締役社長 堀内 秀晃

 

日米で事業再生と金融に携わらせて頂いた経験をベースに、事業再生と金融における日米の違いを考察し、今後の日本のあるべき姿を考えてみることにしたい。但し、本稿の内容は全て、私の拙い理解と浅薄な知識に基づくもので、個人的な見解である点を申し添える。

文化的相違

事業再生と金融において、日米には文化的な違いがあるように思える。米国、特に金融の本場であるニューヨークは様々な人種と文化的背景を有したプレーヤーが登場する。この環境では、異なる人種や文化的背景をまたいで、多くの同意を得るためには、公平性(fairness)や合理性(rationality)が重視される傾向にある。一方で、日本では最近でこそ外国の債権者の意見が注目されるケースもでてきているようであるが、基本的にはステークホルダーの殆どが日本人であることが多い。こういった環境では、公平性や合理性よりは弱者保護のような反対しづらいイデオロギーが重視される。また、明文化された法律や組織知よりも暗黙知や個人技が重用され、阿吽の呼吸や空気を読むといった忖度の文化が強いように思われる。こういった日米の文化的な相違は事業再生や金融の実務に大きな影響を与えていると思われる。

弱者保護のイデオロギー

弱者を保護しようという考え方は洋の東西を問わず、道徳的に肯定されるべき考え方であろう。しかし、日本では法律や制度を検討する際に、この考え方が米国より強く反映されることがある。且つ、その考え方が実際に妥当するかはケース・バイ・ケースであるにも拘わらず、イデオロギーの下で、弱者であると想定される者は一括で保護されることがある。

日本では一般無担保債権の一つである商取引債権を保護しようという傾向が強い。これは、商取引債権者に不義理をすると、今後、商品を納入してもらえなくなり、再生ができなくなる可能性が高まるという考え方と、商取引債権者の中には中小企業も多く、支払ってもらえないと連鎖倒産のリスクが高まるといった考え方がその根拠としてよく挙げられる。前段の方は確かに、商取引債権者の協力が債務者の再生に必要ということは理解できるが、全ての商取引債権者の協力が必要かと問われるとそうでもなく、取引が打ち切られても、同時交換で支払う(Cas on Delivery)条件であれば他の業者で代替できるといったことは可能であると考えるが、それでも全取引債権者を保護しようという考え方も根強い。後段の部分は、正にケース・バイ・ケースで、連鎖倒産のリスクはなくはないが、それによって地域経済が大きな影響を被るというのは、巨大企業の破産という限られたケースであろう。中小企業版私的整理ガイドラインの廃業支援では、再生ではなく廃業する場合も商取引債権者には全額支払うということもありうる。商取引債権者の全員が、支払ってもらえないと連鎖倒産するわけでもないと思われるが、全商取引債権者に金融債権者に先立って支払うということである。勿論、金融機関の同意を得る過程で、破産するよりは商取引債権者に支払っても回収額が上回りそうだと説明ができないといけないので、一定の牽制はあるが、担保権者からすると、商取引債権者への保護は行き過ぎの感が拭えない。

次にスポンサー選定で発生し得るケースについて紹介する。

日本の事業再生ではスポンサーを見つけてきて、債務者の事業をスポンサーに譲渡することが多い。このスポンサーを選定する際に、労働者の雇用維持が債権回収に対して優先される傾向にある。例えば、仮に従業員の多くを引き取る代わりに、譲渡価格が低い提案と、逆に従業員の殆どは引き取らない代わりに譲渡価格が高い提案がスポンサー候補2社から提出された場合、日本では雇用維持を重視して前者の提案を採択する傾向にある。また、この問題を回避するべく、最初から従業員全員の雇用維持を譲渡の前提条件として提案を募ることもある。実際には、不要な従業員には適切なパッケージを提案して、離職してもらった方が双方にとって良いケースもある。つまり、赤字や利益の少ない会社で、低賃金で勤務するよりは、利益計上している会社で、人手不足の会社に転職をした方がよいケースもあるということである。必要以上に労働者保護を優先すると、債権回収が疎かになるということ以外に、長い目で見ると非効率な労働を継続することになり、経済の停滞を招く懸念がある。

法的整理においても興味深い事例がある。民事再生において、債権者が債権放棄等で喫損しているにも拘わらず、株主権が一部残るという例である。これは複数の事例があり、民事再生法が旧和議法という私的整理の流れを汲んでいることにも影響を受けているのかもしれないが、法的整理の下での債権者と株主の間では絶対優先原則が働くことが多い米国とは大きく異なる。中小企業等でオーナー社長が有する債務者の所有権を完全に剥奪するのは、再生に悪い影響を与えるということがその説明であろうが、そこまでして法的整理の下で、原理原則を歪めても残すべき会社なのかということを検討すべきではなかろうか。

制度と実務

米国では、法律や制度が上手く機能しなかったり、至便性に欠けたりする場合は当該法律や制度を改正する、または判例を積み上げるということを積極的に行っていく傾向にある。これは、合理性を重視する文化が背景となっていることがその背景の一つとなっていると感じられる。

一方、日本では法律や制度に不便なところがあっても、これを改正するにはかなりの労力と時間を要するのと、当該法律や制度を策定した人への忖度もあり、実務でカバーするという傾向にある。法律や制度が不便であっても実務でカバーしてしまうと、その不便な部分が露呈せず、いつまでも改正が行われないということになってしまいがちである。幾つか思い当たる事例を紹介する。

昨年、国会で可決成立、公布された「事業性融資推進法」を審議した金融審議会のワーキング・グループの報告では、債務者の総財産に担保を設定する企業価値担保権を設定して融資を受けた債務者が再建型法的整理の会社更生法を申請した場合、既存の企業価値担保権に優先する担保権(米国のFirst Priming Lien(”FPL”)に相当)を認めるという内容になっていたが、その後の法案審議の過程で消滅した。米国ではFPLは数十年前に導入されているが、筆者が現地の倒産弁護士から聴取した処では、まず、FPLを認めなければDIPファイナンスの調達が困難な事案において、判例でFPLを認めてきて、この実績が積みあがった後の倒産法改正で明文化されたとのことである。つまり、合理性があり必要であれば、まず判例で導入し実績を積み上げて、後に法律は実務の後追いとして修正されたのである。日本が判例法の国ではないという面はあるものの、法律上FPLが法制度としてなく、判例で実績を作るにはハードルが高く、実績を作るためには法改正が必要ながら法改正をしなくても現状実務が回っているので、法改正しなくとも困るということはない状況にある。

この法的な不備を埋めているのが実務家のノウハウである。本来はFPLがないとDIPファイナンスは担保不足になってしまい、債務者がDIPファイナンスを受けた後に破産してしまうと、担保不足によりDIPファイナンスの貸付人は喫損してしまうことになる。しかし、DIPファイナンスは共益債権であるので、破産に移行せず、再生計画が発効すれば弁済される筋合いにあるので、これを利用して破産に移行しない案件を手掛ける。つまり、民事再生であれば資金繰り破綻させない申立代理人かどうかを与信判断の基準とし、申立代理人の力量に依存した融資としてDIPファイナンスを実行するということである。

2020年に改正された債権法で、譲渡制限特約付債権の譲渡が有効となり、譲渡制限特約付債権も担保として活用できるようになった。しかし、譲渡制限特約自体の有効性も否定されなかったので、譲渡制限特約付債権を譲渡させることで有効な担保となるが、譲渡によって販売契約上の譲渡制限特約違反となることになる。つまり、譲渡制限特約付債権を担保に取った瞬間に契約違反を惹起してしまうのである。法律改正の際の様々なステークホルダーの意見を反映した妥協の産物である所以なのであるが、この法律の欠点を実務家がカバーしている。貸付人が譲渡制限特約付債権を担保に取る場合、借入人に法的には有効な担保であるが契約違反になることを説明し、それが取引に影響を及ぼす第三債務者の債権は担保対象から外すことにしているので、契約違反、それに伴う販売契約の解除といった問題が生じないようにしているのである。

忖度の文化としては、私的整理において、メインバンクや主要債権者が同意すると他の金融債権者も立場やポジション(担保価値でカバーされない無担保の債権金額)が異なるにも拘わらず同意するという行動形態が挙げられる。外資系の債権者の中には、日本の案件で、自らの考えに基づき、交渉戦術上、反対する債権者も時折現れるが、頻繁というほどではない。日本では争いを好まず、主要なメンバー、詳しい専門家の意見をそのまま受け入れるのが波風を立てなくて済むので、そういった方々の判断に委ねるのが最良であるという考え方である。

今後の日本

日本の文化的な側面を一朝一夕に変更することは不可能であるが、今後、よりクロスボーダーの取引が活性化され、海外企業が取引先や仕入先になったり株主や債権者になったりすることで、これまで日本の常識とされていた部分が修正を余儀なくされるということが起こっていくと予想される。こういったことが、制度や商慣習を見直すよい機会になるであろう。そのためにも、予め制度や商慣習のグローバル・スタンダードの理解に努めるべきであろう。

法制度については、特に手続法は時代の流れや様々な手法の発展等を反映して少なくとも20年に一度くらいは見直した方がいいと思われる。必ず大きな改正をすべきとまでは思わないが、時代に即しているかどうかのチェックをして調整するべきではなかろうか。日本の倒産法は直近の改正、制定から20年以上を経過しているので、そういった観点からも見直した方がいいように思われる。昨年成立した事業性融資推進法に5年後の見直しが明記されている点は、現代風の法律と言えよう。