DATE
2024年03月26日
週刊金融財政事情(2024年3月26日号)の「今月の焦点」に弊社代表の寄稿が掲載されました。
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今月の焦点 『実現近づく「企業価値担保権」、活用促進にはさらなる工夫も』
ゴードン・ブラザーズ・ジャパン 社長 堀内 秀晃
3月15日に「事業性融資の推進等に関する法律案」が国会に提出された。この中に盛り込まれたもので、注目されるのが「企業価値担保権」の創設だ。これは2022年から23年に金融審議会のワーキング・グループで議論された「事業成長担保権(仮称)」を名称変更したもので、事業者の無形資産も含めた全資産を担保にする新たな担保制度となる。画期的な内容だが、活用促進に向けては、法的整理局面での対応や、悪用・乱用を防ぐための信託利用義務について、適切な措置が欠かせない。
■新制度の担保の対象は「のれん」を含む全資産
事業者が事業全体を担保に資金調達ができる制度に関する審議が行われた金融審議会「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」(以下、WG。注)。企業価値担保権の創設は、昨年2月に公表されたWGの報告を踏まえて法案に盛り込まれた。
企業価値担保権は「有形・無形資産を含む事業全体を担保とする制度」である。従来の担保は、個別資産の対抗要件具備によるものであるため、担保価値は個別資産の価値の総和であった。それに対し、事業全体を担保にすることで、個別資産の価値とは関係なく、企業価値が担保価値になる。両者の違いは無形資産、特に「のれん」が担保になるかどうかという点に起因する。
例えば、借入人(法人)が他の事業者に売却され、その対価を債権の弁済に充当するケースを想定する。その場合、担保価値を個別資産の総和として把握するよりも、企業価値として把握した方が、のれんの分だけ担保価値が大きくなる。チームを組むことで、個々人の能力の総和をチームの能力が上回るようなものである。
また、債務者の業績が悪化し、経営危機になったとしても、企業価値が個別資産の価値の総和を上回る限りにおいては、のれんが発生しているといえる。この差額を融資に生かすことで、より大きな金額の担保価値を創出できる点に、企業価値担保権の最も大きな特徴と意義がある。
■期待される関係者調整や担保登記・管理の円滑化
現在の日本の企業融資の慣行では、シンジケートローンが一部あるものの、相対融資が主である。そのため金融機関によって担保や融資条件が異なり、同一債務者に対する融資であっても保全状況等が異なる。
結果として、業況悪化による返済期限延長等の交渉に際して各金融機関のインタレスト(利益)が異なり、交渉が複雑になる。この解決手段として、各都道府県に設置されている中小企業活性化協議会が調整を担う。
企業価値担保権が導入されると、多岐にわたる担保権を一本化でき、債務者のキャピタルストラクチャー(資本構成)は「企業価値担保債権者」「無担保債権者」「株主」に単純化され、交渉が効率化される。ちなみに全資産担保金融が発展している米国では、中小企業活性化協議会のような機関が各州に存在することはない。
担保登記ならびに担保管理の簡素化もメリットである。債務者が所有する資産(有形資産)には現預金、売掛債権、貸付債権、在庫、機械設備、不動産、投資持ち分等がある。これらの資産にはその種類に応じて、異なる担保権が設定される。預金の返還請求権には質権、売掛債権や在庫には譲渡担保権、不動産には抵当権といったように対抗要件具備の手法が異なるため、全資産を担保とすると担保管理も煩雑となる。
企業価値担保権は有形資産のみならず、無形資産も含めて商業登記簿謄本に一括で登記できる。これにより、登記や融資実行後の管理も簡素になる。
■FPLの欠如や信託利用義務が課題に
法案の内容には課題もある。その一つは、法的整理において既存の企業価値担保権に優先する担保権である「ファースト・プライミング・リーエン」(FPL)が盛り込まれていないことだ。
企業価値担保権付き融資を受けた債務者が法的整理の下で再生を試みようとしても、全資産を担保に提供している以上、新たに担保に差し出す資産がない。そのため(担保付き融資が一般的な)DIPファイナンスを受けづらくなり、再生の可能性をむしばんでしまう。つまり、当該債務者が行き詰まった場合、運転資金が調達できずに安値で即座にスポンサーに売却せざるを得ないか、スポンサーが間に合わず破産・清算に至る可能性が高くなると予想される。
これを解決するにはFPLの導入が不可欠である。FPLを利用すれば、再生局面で再び担保付き融資を受けられるようになり、DIPファイナンスを活用できる。
FPLの導入についてはWGで筆者が強く主張し、報告書には会社更生の場合にFPLを認める内容が盛り込まれていた。本来、倒産法の改正により、会社更生のほか民事再生でもFPLを認めるべきであろう。
もう一つの課題は、信託利用義務を巡る問題である。債務者の全資産が担保に提供される制度であるので、確かに悪用・乱用の防止は求められる。WGでは当初、その利用者である貸付人・担保権者について制限を加える方向で議論がなされていた。
ただ、途中から「万人に利用できる担保権とすべき」という逆の意見も反映され、その妥協案として信託を利用するという結論に至った。企業価値担保権専用の信託を扱える簡易な免許を創設し、費用も制約も最小限にとどめることで、直接担保を取って借入人に融資するケースとほぼ同様の経済効果が生まれるということである。
もちろん、LBOローンやプロジェクトファイナンスでシンジケーションを前提にすれば、信託の利用もあり得る。だが、ベンチャー企業や一般の中小企業が借入人となる場合、融資金額に対して信託の利用は煩雑に過ぎるのではないかという懸念が拭えない。
この点、悪用等の心配のない貸付人については、信託を利用せず借入人に直接融資を行い、借入人の資産を直接担保に取る通常の形態で対応できる免許を別途交付すればよいのではないか。多くの金融機関は悪用等しないと思われるので、「信託を利用しなくてもよい免許」の方がより活用されてもよいはずである。
企業価値担保権が画期的な担保権であることは間違いない。まずは国会で十分な審議を経た上での早期の成立・施行を望みたい。一方で、新制度を導入する以上、活用されることが不可欠であり、その点で積み残した課題があるようにも思う。法案施行後も利用状況をモニターし、借入人や金融機関の意見を参考にしつつ、必要に応じた法改正や実務の調整を行っていくべきであろう。
(注)筆者はWGの委員として審議に参加したが、本稿における意見等は私見である。